LiLEE_English 英文記事を楽しく読む会

各務原市で英文記事を楽しく読む会です😊

Independentより:The rise and fall of America's all-you-can-eat buffet

www.independent.co.uk

日本語で言うところの「バイキング」、英語ではbuffet、あるいはより使われる表現がall-you-can-eat(食べ放題)。その始まりはラスベガスのギャンブラー達と密接な関係があるようです。

 

さて、記事の訳を書く前に、勉強会で気になった2点について。

●1つは、文中に出てくるposhという語。イギリス英語で「上流階級の、高級な、豪華な」という意味がありますが、その語源を講師が説明してくれました。これは、「Port Out, Starboard Home (出航時は左舷、帰航時は右舷)の頭文字で、イギリスからインドへの船旅の際、日差しの当たらない快適な客室側を指し、裕福な客が利用したのでposh=上流階級の、という意味になったのだそうです。

 

●2つめは、ラスベガス、ギャンブル、そしてマフィアの関係は切っても切れないようですが、我々が持つ一般的なマフィアのイメージはイタリアンマフィアです。しかし、実際はユダヤ系マフィアの方が大きく、勢力も強いのだとか。ではなぜ、イタリアンマフィアの印象が強いのか。それは、ユダヤ人が映画界を牛耳っていることが理由のようです。映画に描かれるマフィアはイタリアンマフィアが多く、マフィア=イタリア人というイメージが強く出来上がっているとのことです。

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●食べ放題の発祥については、少なくとも3つの言い伝えがあります。

 

●第2次大戦後の涼しい晩、ラスベガスでは大変重要な変化をもたらす瞬間がありました。地元の政治家や有力者たちが、アメリカ初の食べ放題ビュッフェの開店に集まったと記事に書かれています。

 

●それは、お腹を空かせた観光客達でいっぱいになる将来を夢見ている小さな町にとって、重要な出来事となりました。

 

●エル・ランチョ・ヴェガスで出されたシロップ漬けのハムやプライムリブは、単なる料理以上のものでした。それはアメリカの料理の変化を象徴するものでした。

 

●冷戦時代に宇宙競争や軍備拡張競争が注目を浴びる一方で、等しく重要性のある農業競争も進行していました。遺伝子学の革新や、化学物質、機械化された装備が、1948年から2017年の間、農業生産を3倍近くに押し上げました。

 

●そうすると、喫緊の問題が発生しました。そのような大量の食糧をどうするのか、という問題です。

 

(始まり)

●食べ放題の起源について、少なくとも3つのラスベガスの言い伝えがあります。最もよく知られている話は、発起人のアーブ・マクドナルドがある晩、チーズとスライスした冷製肉などをバーに置いたものです。

 

●「通りかかったギャンブラーがお腹がすいたと言い、ビュッフェが誕生した」と、2002年のマクドナルドの訃報記事に書かれました。

 

●他のカジノもギャンブルの合間に食べられるビュッフェを開店した、と歴史学者のマイケル・グリーンが言っています。

 

●一括で金額を払い、人々は皿を持ってサラダ、肉、パスタ、海鮮と通り、すべてを少しずつ試して、また戻ってもっと取りました。(また戻って…が大事なポイントです)

 

●食べ放題の人気が出る一方で、その起源については諸説ありました。その起源をエル・ランチョとする説は、歴史学者のジェフリー・カールソンに否定されました。

 

●彼は、そんな単純な話ではない、として、その起源をラスベガスを設立する手助けをしたマフィアとする別の説を挙げています。

 

●ハル・K・ロスマンは著書の中で、食べ放題の起源をマフィアのデビッド・バーマンとしています。彼は1944年にアイオワから、ユダヤ系のギャングが地元のホテルやカジノを買いあさっていたころに移ってきました。

 

●バーマンはシェフを雇い、長いテーブルにサケの薫製やマス、ニシン、その他のユダヤ風ブランチ料理を並べ、ギャンブラー達に振舞いました。このように、ラスベガスの伝統、ビュッフェは生まれた、とロスマンは書いています。

 

(終わり?)

●どのように始まったのであれ、食べ放題は全米に広まり、ゴールデン・コラルやポンデロッサなどのレストランが登場しました。その後、それらはオリーブ・ガーデンやチリーズなどのカジュアルな店に取って代わられました。

 

●そして2020年にコロナ禍が、今日まで影響が残る大打撃を与えました。突然、誰もが食べることができるように並べられた食べ物は、以前のような魅力を失ったのです。

 

●長くラスベガスの食のジャーナリストであるアル・マンシーニは、それでも、ビュッフェは無くならないだろうと言っています。

 

●ただトレーに食べ物を盛るということだけでも、本能的な反応があるものです。人々はまだビュッフェが好きだし、これからも好きでいるでしょう。

Washintonian.com: Inside the food truck mafia wreaking havoc around the national mall

日本で言うところの、「テキ屋」「香具師」とかの類なのでしょうか。アメリカの首都、ワシントンDCが大変なことになっているようです💦

https://washingtonian.com/2026/06/29/dc-food-truck-mafia-national-mall/

記事がとても長いので(5073 words)、要点だけ(^▽^;)

全訳を書いている時間が無い💦

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ワシントンDCにあるナショナルモール(国立の開放公園。リンカーン記念堂から国会議事堂まで)で今問題になっているのは、無許可のキッチンカー(food truck)です。どうやらマフィア的元締めの支配を受け商売を行っているようです。

 

値段も表示していない、衛生状態も極めてよろしくない、無許可なので法律に従った安全策も取っておらず、一過性の観光客相手の商売なので、けっこう儲かっているようです。

 

そんな中、許可をとって真っ当に商売をしようとしている人々もいますが、トラックを置く場所の取り合いなどで小競り合いが起き、モールを敬遠する人も出てきました。

 

市や警察などの管轄や権限の問題で、取り締まりがうまくいかなかったり、無許可のキッチンカーを指導しようにも、調査官の姿を見るとすぐ逃げたり、違法トラックを押収しても、また別のトラックが現れるなど、現場はもぐらたたき(whack-a-mole)状態になっています。

 

そんな状況をどうするのか現場の人々は頭を抱えています。せめて無許可キッチンカーから買おうとしている観光客に、その非衛生さなどを伝えて、モールの施設にあるレストランに行くように個別に伝えるしかない、といったところのようです。

 

GOOD NEWS NETWORK: Older Adults Will Improve Over Time...

★陰謀論やら政治の裏側の記事が続いたので、ハッピーな記事が読みたいね、と言っていたら、講師がこんな記事を見つけてくれました(^▽^;)

シニアメンバーばかりの会なので、読み甲斐がありますw

www.goodnewsnetwork.org

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●エール大学の研究によると、高齢者は文字通り、徐々に向上することができます。

 

●10年に渡るアメリカ人高齢者の大規模な研究の結果を分析すると、重要な点は、個々人の老化に対する考え方が成功に大きな役割を果たしているということです。

 

●老化を減退の過程ととらえれば、減退していきます。向上が持続する過程だととらえれば、向上するのです。

 

●エール大学の公衆衛生学部の、社会的行動科学の教授、レビー博士は、65歳以上の高齢者の半数近くが、認知機能、運動機能、あるいはその両方で徐々に明らかな向上を示していることを発見しました。

 

●この向上は、限られた例外的な個々人に限られたものではなく、とりわけ、強力ですが見落とされがちな要因と関係がありました。それは、人々が老化自体をどう考えているか、です。

 

●「多くの人々は老化を、肉体的能力や認知機能の避けられない、持続していく減少だと考えています。私たちが発見したのは、年を取ってからの向上は珍しいことではなく、老化する過程についての私たちの理解に含められなければならないことです。」

 

●その発見は学術誌に発表されました。

 

●この研究は、国家支援を受けたアメリカ人高齢者の長期に渡る調査で、11,000人の参加者を追跡調査しました。研究チームは、世界共通のパフォーマンス評価を使って認知機能の変化を調べ、歩行速度で運動機能を調べました。歩行速度は、障害や入院、死亡率などと強い関係のあるバイタルサインです。

 

●12年間の調査期間に、参加者の45%が、少なくともこの2つの指標のどちらかで向上しました。32%が認知機能の向上を示し、28%が運動機能の向上を示しました。そして、多くの参加者が、臨床的に意味があると考えられる基準値を超えました。

 

●注目すべきは、これらの向上は、平均値からは見えてこないことです。

 

●「平均値を見ると、減退が見えます。しかし、個々人の変化を見ると、ずいぶんと異なったものが見えてきます。私たちが研究した高齢者は有意な割合で向上していました。」

 

●その理由についてレビー教授らは、重要な要素は、参加者達が研究の始めまでに、加齢についてより前向きな考えを取り入れていたか、あるいは否定的だったのか、であると仮定しました。この仮定の裏付けとして、より前向きな年齢に関する信念を持っている人々は、認知機能と歩行速度の両方で、著しい向上を示しました。年齢や性別、教育、慢性疾患、鬱状態、そして調査期間などを考慮にいれても。

 

●この発見は、レビー博士の固定観念具現化理論に基づいています。その理論では、SNSや広告などから幅広く吸収された年齢に関する固定観念は、結果的に自分事となり、生物学的に結果として起こるものになると仮定します。

 

●レビー博士の以前の研究で、否定的な年齢に関する信念は記憶力の低下、歩くスピードの低下、心臓疾患の危険の増加、アルツハイマー病に関連する生物指標化合物の発生をまねくことが分かりました。より前向きな加齢の信念を持つ人々は、向上を示す場合が多い、とレビー博士は言っています。

 

●「我々の発見は、晩年になっても向上のための予備容量はある、ということを示しています。そして、年齢に関する信念は、変えることができます。このため、個人と社会の両方で、向上にむけてのてこ入れをすることができるのです。」

 

●向上は、機能障害を抱えた人だけに限られるものではありません。正常な認知機能や肉体機能を持っていても、かなりの割合の人々が徐々に向上していきます。このことは、晩年の機能改善は、病気が快復するとか、後退から立ち直ったことのみを反映しているという思い込みを疑うものです。

 

●研究者達は、彼らの発見が、衰えが続いていくことは避けられないという皆が持つ認識をひっくりかえし、為政者たちに、予防的な治療、リハビリ、回復力の可能性を当てにしている高齢者達のためのその他の健康促進プログラムを増やすよう促すことになってほしいと思っています。              

BBCより:How Bill Gates became the voodoo doll of COVID conspiracies

www.bbc.com

コロナ禍が始まった直後の記事ですが、もうこの頃から「ビル・ゲイツ怪しい」説が出ていたのですね。はたして、有名税としての疑惑なのか、本当なのか、庶民には分からないところですが、SNSが陰謀論を助長しているという要因は大きいようです💦

いくら、根拠がないと否定されても、どこかに「もしかしたら?」という疑念が残るのは、私たち庶民の情報的な弱さ、何の決定権も無いことの裏返しなのでしょうか?

 

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●2015年、気取らない姿勢のビル・ゲイツがバンクーバーのTED会議のステージに現れ、恐ろしい警告を発しました。

 

●「これからの数十年間で、1000万人の人間の命を奪うものがあるとすれば、それは、戦争よりもむしろ、極めて伝染性の高いウイルスでしょう。」と彼は聴衆に向かって言いました。

 

●彼の予見の言葉は当時いくらか報道されましたが、ほぼ無視されました。

 

●しかし今、彼の話のビデオは6400万回以上視聴されました。多くの人々は、その話そのものよりも、その裏にある理由に興味を持っているようです。

 

●彼が世界的なエリート階層を代表する人物であると批判する人もいれば、彼が世界の人口を減らそうとする中心人物であると信じている人もいます。

 

●さらに多くの人々は、彼がワクチンを義務化したとして非難し、人間にマイクロチップを埋め込もうとしているとして非難する人もいます。

 

(公衆衛生の代表者)

●「ビル・ゲイツをめぐっては、多数の陰謀論があります。」と、ファクトチェックを行うメディアの代表者が言います。

 

●「彼は、これら全ての共同体がそれぞれ自身の陰謀論で刺そうとしているブードゥー人形なのです。彼がブードゥー人形になることは驚くことではありません。なぜなら、彼は常に公衆衛生の代表格だったからです。

 

●ビル・ゲイツをコロナウイルスとを間違って結びつけようとする理論は、2月から4月の間にテレビやSNSで120万回言及されました。

 

●内容の多くは、Facebookグループに投稿され、そこから何百万回もシェアされました。

 

●また、TikTokがそのような陰謀論の新しい発生源となりつつあります。

 

●陰謀論の中でもおかしなものを挙げると:

・ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、アフリカやインドの子供たちにワクチンを試しており、何千人もの死や治療不可能な傷を残している。彼がインドで訴えられていると報じるものもある。

 

・彼はケニアで、中絶薬を含んだ破傷風ワクチンを提供したことで告発されている。

 

●Facebookでは、ワクチンや中絶による集団的人口減のテーマについてのビデオをポストし続け、さらにゲイツ氏と中国共産党を結びつけているものもあります。それは6500回シェアされ、20万回再生されました。

 

●同時に、人々にマイクロチップを植え付けようとしているとして、ゲイツ夫妻を告発するビデオは、YouTubeで200万回再生されました。

 

(裕福で有名)

●それでは、妻と運営している慈善財団から世界の公衆衛生に何十億ドルとつぎ込んでいるマイクロソフトの創始者が、どのようにコロナについての陰謀論の中心人物になったのでしょうか。

 

●陰謀論についてのいくつかの著作がある教授によると、それは単にビル・ゲイツが金持ちで有名だったからだとのことです。

 

●「陰謀論というのは、権力のある人間が悪いことをしているのを告発することなのです。理論は基本的にどれも同じです。名前が変わるだけです。」

 

●「ビル・ゲイツ以前は、ジョージ・ソロスやコッチ兄弟、ロスチャイルド家やロックフェラー一族です。」

 

●陰謀論の大部分が消えていく一方で、残るものは、巨悪を提示したり、人々が懸念している問題に言及するものです。

 

●「裕福な人々や大企業が、我々の首にチップを埋め込むという陰謀で告発されるのは驚くことではありません。それは私たちが恐れていることだからです。」

 

●「これが、長い間陰謀論を存続させる攻撃材料だったのです。」

 

●このような陰謀論が真実とはまったく繋がりのないものであると考えられる一方で、人々はそれでもなお陰謀論に傾くようです。

 

●調査によると、アメリカ人の1/4以上、共和党支持者の44%が、コロナワクチンを使って、ビル・ゲイツが人々の皮膚の下にマイクロチップを埋め込みたがっていると信じています。

 

●文脈を大きく無視して解釈される真実の核心があるのです。

 

●例えば、ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、MITによって行われた次のような研究を確かに資金援助しました。その研究では、患者のワクチン接種履歴を染料のパターンで保存する可能性を調べるものでした。裸眼では見えませんが、ワクチン接種と同時に皮膚の下に付けることができるものです。

 

●陰謀論の出どころはどこなのか確認するのは難しいですが、インターネットが拡散したと考えられています。

 

●「インターネット以前は、陰謀論は自己完結しており、何らかのコミュニティのエコーチェンバーやバブルの中に納まっていました。しかし、インターネットにより、政治的な境界を越え、複数のコミュニティを超えて広まるようになり、その結果、主流の陰謀論は、インターネット以前よりも広い範囲に行き渡るようになったのです。」

 

●更に、陰謀論はコロナ禍の時期に特に広まりました。なぜならば、人々が「心理的に無防備」だったからです。

 

●「この危機は、規模や範囲の点で前例がありません。そして、新しい研究が発表されるごとに忠告が変化します。広範囲にわたる不確実さがあり、人々は不確実さを嫌います。」

 

●このような状態に対処するために、個々人は集団的理解という手段をとります。

 

●「何らかの情報をとらえて、それに意味や秩序を見出そうとする時、噂が作り出されます。陰謀論は、とりわけビル・ゲイツに関するものは、このような情報の空白を満たすのです。」

 

(笑うしかない)

●コロナウイルス対策に300万ドル(240万ユーロ)を提供したビル&メリンダ・ゲイツ財団は、間違った主張の集中砲火に対して楽観的な姿勢を保っています。

 

●BBCでの談話で、「陰謀論がネット上で広まっていることや、それらが公衆衛生に及ぼす損害について懸念をしています。」と語りました。

 

●「このような時期に、世界が今までにない健康と経済危機に直面している時、皆が協力して命を救う手段を探さなければならない時に、誤情報を拡散する人々がいるというのは、悩ましいことです。今現在、コロナの蔓延を防ぐために出来る最良のことは、事実を広めることです。」

 

●BBCとのインタビューでビル・ゲイツは、自分がそのような陰謀論の中心人物になっているのを驚いていました。

 

●「こんなにも多くの狂気があるというのは由々しき事です。我々がワクチンを開発する際、80%の人が受けてくれるのを期待して作ります。もし、陰謀があると聞いて人々がワクチン接種を受けてくれなくなると、その病気が人々の命を奪い続けることになるのです。」

 

●「陰謀論のいくらかが私に向いているのには少々驚きました。我々はただ資金を出し、小切手を切っているだけです。そして、病気から子供たちを守ろうと考えていますが、それはマイクロチップなどとは関係がありません。もう笑うしかない時がありますね。」

6月16日・23日  Kushner Island? Why a planned resort has provoked portests in Albania

最近(?)、どこかで見かけた記憶がうっすらあるニュースでした。トランプの娘夫婦がアルバニアの島をリゾートにしようとしているという話。Youtubeでニュース映像を見ると、たいへんなデモになっていました(;^ω^)

金にあかせてなんでも出来ると思っている人達なんだなぁ~(実際出来るのだろう💦)

www.aljazeera.com

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●アルバニア政府は、この注目を浴びる計画が、自国を世界の主要な観光地にしてくれることを期待していますが、環境に関する懸念があふれています。

 

●イヴァンカ・トランプにとって、サザン島は「掘り出し物」ですが、多くのアルバニア人にとってそれは損失になる恐れがあります。

 

●アメリカ人のポッドキャスターのインタビューに答えて、イヴァンカはアルバニア西岸沖の無人島を、まるで自分と夫のクシュナーが最初に見つけたかのように話しています。

 

●彼女は、「友人の船に乗っていて、実際、泳ごうと船を止めた時に見つけたのです。」と、クシュナーに関係のある贅沢な開発計画が提案され、アルバニア全土に怒りが広まるきっかけとなった島について話しました。

 

●「私たちは島まで泳ぎ、ハイキングをして、山頂まで裸足で登り、すっかりとりこになってしまいました。」

 

●とりこになってしまったことで、高級ホテルの建設を含むことが2年以上もまえに分かっていた開発計画に、行きつくのです。しかし、最近、ブルドーザーが海岸に到着すると、抗議する何千人もの人達が集まりました。

 

●アルバニア政府は、アドリア海沿岸の開発がアルバニアにとって非常に価値のあることだと言っていますが、環境保護活動家達や社会主義首相のエディ・ラマを長年批判している人々からの反対を受けています。

 

●クシュナーの贅沢なリゾート計画とは何なのか、なぜそれほどに物議をかもしているのでしょうか。

 

(クシュナー達がこの島について何を計画しているのか)

●クシュナーの展望は、ホテルやアパートや別荘が、野生動物の保護地区のあちこちに点在する、海辺に広がる開拓地です。また、以前の共産主義国家時代の軍地基地をリゾートに転換することでもあります。

 

●2024年にこのプロジェクトが発表されると間もなく、アルバニア政府は、クシュナーのAffinity Partners 基金と関係のある会社に、「戦略的投資者」の地位を認めました。

 

●いバンカ・トランプはそれから、建築家や投資家達を伴ってその地域を訪れ、ラマ首相にも会いました。

 

●掘削機やその他の重機械による作業が先月この地域で始まり、アクセス用道路を作り、砂を掘り、松林の土地を平にし、フェンスを設置しました。

 

●サザン島への投資は160憶ドルで、ラマ首相は最近、この地域を含んだ40憶ユーロ(47憶ドル)の計画にも言及しました。

 

●Affinity Partners 基金は、アルジャジーラの質問に対して、この開発計画に関わっている広告代理店に聞くように、と言いました。この代理店によると、開発計画はSazan Real Estate Development LLCが行っており、Affinity Partnersではなく、また、関わっている投資家はすべて個人で関わっているとのことです。

 

●この代理店は、Sazan Real Estate Developmentの会長、Asher Abehseraによる声明を出しています。

 

●「私たちは、世界規模の観光地を創り、この地域の歴史上最大の個人投資の一つを行うことにワクワクしています。」

 

●「責任ある経営、環境強化、仕事を作り出すこと、そして地域社会に長く続く価値を生み出すことが、この計画の焦点です。公的、組織的な過程を尊重し、それらを明らかにしながら事業を進めてまいります。」

 

(アルバニア政府が得るもの)

ラマ首相は、この注目度の高いプロジェクトがアルバニアを世界でも有数の観光地にすることを希望しています。それはまた、この国がEU加入をめざすことで、共産主義国家の過去から離れる努力をするうえで、象徴的です。

 

●「アルバニアはこのような並外れたプロジェクトを恐れていてはいけない。素晴らしいパートナーたちが集まり、40億ユーロの投資をするのだから。」とラマ首相は言います。

 

●「私が首相でいる間は、この投資が終わることは絶対に無い。」

 

(この計画に異議を唱えている人々とその理由)

●この数日間、何千人と言う人々が、この地域の海岸のブルドーザーの映像を見た後にデモに参加しました。デモ参加者達は土曜日、海岸に入れないように開発業者が有刺鉄線を張り巡らせたので、ガードマン達と衝突しました。

 

●何千人もの人々が、首都ティラナで3日間連続で集まり、開発計画の中止と、以前の土地所有者達に土地を取り返すよう要求しました。近日中に、さらに抗議行動が行われるみこみです。

 

●火曜日の晩、人々はラマ首相の官邸の外で、「国は売り物ではない」「アルバニアをドバイにしたくない」といったプラカードを掲げてデモ行進しました。

 

●持続性のある観光産業の専門家でNPO団体の代表者であるエヴァ・クショヴァも同じ気持ちを持っています。

 

●「アルバニアは小さい国で、私たちは自国を新たなドバイにするわけにはいきません。この政府の展望は、アルバニアを超高層ビルと富裕層の観光のための国にすることです。しかし、まずこの国は自国民に奉仕すべきで、贅沢な観光産業のためにその歴史や自然を破壊するべきではありません。」

 

●環境に関する懸念が、今回の開発計画への反発の最も大きな理由になっています。

 

●環境保護団体は、アドリア海に面した保護区や手つかずの海岸線を踏みにじることを恐れています。その地域は、共産主義国家であった頃から広範囲にわたって開発されずに残ってきたのです。

 

●40以上の環境団体が1月に、政府にこの計画を中止するよう嘆願書を送りました。建設の中止を訴える6万件の署名が、ネットで集まりました。

 

●開発が計画されている場所にある自然保護区は、アルバニアの最も貴重な生物多様性地域であり、アドリア海沿岸での重要な渡り鳥の滞在地です。

 

●首都に集まった人々は、段ボールで作ったピンク色のフラミンゴの切り抜きを掲げていました。フラミンゴは、保護鳥類の一つです。

 

●抗議に集まった人々は、保護区での建築の規制を取り除く法律が、2024年2月にアルバニア議会を通過したことにより集まりました。

 

●保護区に近い土地での新しい空港の建設も進行していますが、それも抗議活動を生じさせる原因となりました。

 

●「いまや全体像が見えてきました。これらの建設計画は何年も前に作られていました。空港、サザン軍事基地、そしてちかくのサンゴ礁、すべてがクシュナーの会社とその他の共同出資者達が贅沢なリゾートを建てるために約束されていたのです。」とクショバが言います。

 

●批評家達は加えて、海岸線の土地を購入する基金の大本や、手続きの合法性についての疑問を挙げています。

 

●アルバニアの多くの土地区画のように、この地域は1990年代の共産主義の崩壊にさかのぼる地権争いの影響を受けています。

 

(開発計画の透明性と運営に関する申し立て)

●アルバニアの特別汚職防止検察局は、この地域の被保護状況の変更についての調査を開始しました。彼らはまた、土地所有権の買収に使われた基金の出元や、役人達がどのように、契約の公的提出の通常システムをかいくぐることができたのかについても調べる予定です。

 

●アルバニア政府が、開発計画のために設計された土地は私有地であると主張する一方で、その私有地化に疑問を呈する人もいます。これはアルバニアではよくある法的議論です。

 

●計画をめぐる不透明性は多くの人々にとっての中心的な懸念です。

 

●「環境団体は贅沢なリゾートに反対しているわけではありませんが、その開発には、完全な透明性があり、法律に沿ったものであるべきで、保護区の湿地で行われるべきではありません。また、地元や市民社会団体との協議を経て行うべきです。」

 

●「先週この地域の海岸がフェンスで囲われた際、事前の連絡も無く、計画も無く、建設現場には看板もありませんでした。掘削機と建築機械だけがあったのです。」

 

●国の法律によると、この海と砂は公共の財産なので人々はそこへ行きたいのです。

 

●クシュナーの以前の似たような投機的事業にも警鐘を鳴らす話がありました。

 

●11月、セルビア議会が、クシュナーと関係のある投資会社に支援を受けてた、ベルグラードの贅沢な開発を可能にする特別な法律を通しました。

 

●一月後、検察官達は大臣を含む4人を、この開発に関して公職の乱用と文書偽造のかどで告発しました。

 

●クシュナーはその後、計画されていた投資から手を引きました。その計画では、現在裁判を受けている高官達によって遺産保護を外された、爆弾で破損した軍事施設に取って変わるものでした。

 

(ラマ首相にとってどれほどの政治的困難となるか)

●ラマ首相は抗議活動を解散させ、メディアが事の大きさと重要性を誇張していると非難しました。

 

●首相は去年、ヨーロッパで最も貧しい国の1つであるアルバニアを、2030年までにEUに加盟させると言う公約をかかげて4期目の当選を果たしました。彼は、投資家を呼び込むことの重要性を強調し、環境保護活動家達の懸念を過小評価しました。

 

●「我々は迎え入れる態度を保ち、公正さを保ち、どのような状況であっても、投資家達が敵対心を持って迎えられる国であるというレッテルを貼られないことが重要だ。」とラマ首相は言いました。

 

●その前の日、首相は欧州理事会の会長アントニオ・コスタと会い、コスタはアルバニアがEU加盟に向かって進んでいることを称えましたが、その加盟は、EUの環境基準に適合することが必要だ、とも言いました。

 

●「加盟に際して、他の地域と同様に、アルバニアはその環境法制をヨーロッパの法体系に十分準ずるものにしなければなりません。」とコスタ会長は言います。

 

●ラマ首相は、今回の開発計画を、国にとっての経済効果が高いことで擁護しました。そして、アルバニアはヨーロッパの環境保護基準に適合していくと主張しました。

 

●「観光客が一日に2,000ユーロ(2,326ドル)を使うと、調理人、ドライバー、漁師、農家、住宅開発業者、そして地元のビジネスに利益をもたらします。」と首相は言います。

 

●クショバはこの想定に異議を唱え、アルバニア南部の多くの海岸が私有地化されたことで、一般大衆が入れなくなった、と言っています。

 

●「開発の一方で、住民達が自分達の民宿を閉じることを余儀なくされたり、リゾートそのものの雇用以外で、この開発事業から受ける利益はほとんどありません。」と彼女は言います。

 

●「裕福な観光事業は収益を増やし、海外からの投資を誘い込みますが、環境や社会的費用を地元が負うことになる一方で利益が投資家達に集中すれば、経済的に不安定になります。」

 

●クショバは、裕福な億万長者ではなく、地域社会こそが力を与えられるべきである、と言っています。

 

●「持続可能な観光事業を開発するために、オーバーツーリズムが私たちの国に損害を与えないようにする一方で、アルバニアのあらゆる地域で、インフラやサービスの向上を図る必要があります。」と、彼女はイタリア、クロアチア、ギリシャを例に挙げて言います。それらの国々は、観光事業を指定された地域に向ける一方、国立公園や島の保護に対する努力をいっそう強化しています。

6月2日・9日 Who are Rothschilds and why are they so important?

ロスチャイルド家、陰で世界を牛耳る一家などとよく噂されていますが、実際はよく分かりませんね。本当に陰で牛耳っていたら、私たち素人には全く分かるはずはありません(^▽^;) 

 

金融界の巨大ファミリーであることは確かですが、金融、産業、慈善活動と様々な分野で活躍してるこの一家が色々と噂されるのはユダヤ人であるからなのか? 

 

今回の記事は、そんな陰謀論は扱っていません。

craffic.co.in

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●世界で最も裕福な一家はだれだったのか、ロスチャイルド家とはどのような人々なのか。

 

●ロスチャイルド家は、1700年代から続くユダヤ人の金融一家で、一時は世界の富の半分を所有していたこともある、国際金融の進化のパイオニアでした。彼らはヨーロッパの経済的、政治的歴史に大きな影響を与えました。ロスチャイルド家は、フランクフルトでマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドから始まり、彼の5人の息子たちの元で大きくなりました。マイヤーの厳格な遺言により、あらゆる称号や財産は男性の親族によってのみ管理され、彼の5人の息子たちのみが事業を拡大することにかかわりました。

 

(創始者:マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド)

●マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは「国際金融の父」と呼ばれ、若いころに商業を学び、フランクフルトのユダヤ人地区で古銭販売や金貸しとして働きました。仕事を通して、この地区の多くの売り手や買い手を惹きつけました。親を早くに亡くし、12歳で名のある銀行家の元に弟子入りせざるをえませんでした。そこで彼は、国際商取引や金融を学び、古代ローマなどの珍しい古銭についての知識を得ました。これらの古銭の収集家は裕福な人々でした。

 

(金融帝国の始まり)

●19歳の時、彼はフランクフルトに戻って、父が始めた珍しい古銭取引に兄弟たちと一緒に取り組み始めました。最初の10年間、彼はヴィルヘルム・フォン・ヘッセン皇太子と親交を深め、名誉ある称号を得ました。この関係により彼は貴族たちとの関係を構築し、王室との取引を行うことができるようになりました。

 

●1770年、マイヤーは宮廷ユダヤ人の娘と結婚し、5人の息子と5人の娘を得ました。

 

(金融帝国の拡大と支配)

●19世紀初頭、マイヤーと5人の息子達、アムシェル、サロモン、ネイサン、カール、ジェームズは、フランクフルト、ウイーン、ロンドン、ナポリ、パリにそれぞれ支店を開設し、独特な国際金融網を構築しました。

 

●銀行と金融業の成長と共に、ロスチャイルド家は鉱山、エネルギー、不動産、ワイン製造にも手を広げ、徐々に彼らは、特に教育の分野においての慈善活動で知られるようになりました。

 

●彼らはフランス革命やナポレオン時代の戦争の際、イギリス政府を金融面で援助し、莫大な利益を得ました。ロスチャイルド家にとって戦争とは、戦争を行う王族への貸付を意味しました。武器や、小麦、綿、その他の主要な商品の取引です。

 

●ロスチャイルド王朝は事業を拡大し、鉄道、石炭、製鉄、冶金への投資でヨーロッパ中の経済成長に関わり、石油、鉄を含まない金属の取引で世界の中の重要な位置を得ました。しかし時が経つにつれて、彼らは地位を失い、19世紀後半には、ロスチャイルド家はもはや第一位の金融複合体ではなくなりました。

 

(ネーサン・マイヤー・ロスチャイルド:世界的資本家)

●5人の息子のうちの1人は大変な成功を収めました。ネーサンはイギリスのマンチェスターで1798年に繊維産業を興し、その後銀行家としてロンドンにうつりました。

 

●NM ロスチャイルド&サンズは、現在も機能しています。

 

●ネイサン・ロスチャイルドは寛容な人物で、多くの慈善活動を行い、ロンドンのユダヤ人向けフリースクールを資金面で支援し、公立図書館、孤児院、病院を経営し、教育について特別に資金提供しました。

 

●フランス、オーストリア、イスラエルでの教育のための活動もロスチャイルド家によってすすめられました。教育のための資金とともに、彼らはおよそ6万点の美術作品を公共の施設に寄付しました。さらに、彼らはロンドンやパリの街で住宅地を広げ、その活動を行うための基金が作られました。

 

(20世紀のロスチャイルド家)

世界大戦、政治闘争、家族の問題なので、その後の100年間の間に一家の財産は減少しました。1863年、銀行のナポリ支店が閉じ、1901年にはフランクフルトも男系相続者がおらず、閉じました。その後、ウイーン支店も、ユダヤ人に危機をもたらすナチのオーストリア侵攻により閉店しました。

 

●その後、3つの銀行だけが残りました。ロンドン、パリ、そしてエドモンド・アドルフ・ロスチャイルドによって設立されたスイス銀行です。1982年、フランスのミッテラン大統領の社会党政権がパリ銀行に打撃を与え、国有化しました。その時、エドモンドのいとこが彼を支え、パリにとどまって1987年にロスチャイルド&カンパニー銀行を設立しました。

 

(21世紀のロスチャイルド家)

一家の富は後継者と相続者の間で長年にわたり分配されました。現在、ロスチャイルド家の事業は、金融サービス、不動産、鉱山、エネルギー、慈善事業に渡っています。また、世界中に多くのワイン製造所を持っています。

 

●現在、ロスチャイルドの法人は成功を追及しています。多くの親族がこれらの企業に配置され、一家の富を生み出す事業に関わっています。ロスチャイルド家の驚くべき成功の多くは、協力、起業家精神、そして目先が利く企業原則の実践によるものです。

 

●ネーサンの資産は一家の他の親族の財産にまとめられ、次世代のロスチャイルド家のメンバーそれぞに引き継がれるお金の一部となっています。

 

●子孫たちは世界中のビジネスに投資し続け、学問的、文化的、人道的、そしてビジネスの面での努力に貢献しています。

 

(ロスチャイルド家の重要性)

●ロスチャイルド家はヨーロッパで最も高名な銀行事業家です。彼らはヨーロッパの産業化の時期に、国際的大型融資の先駆者となりました。彼らはまた、世界中の鉄道システムを支えています。

 

●彼らは数多くの慈善活動での知られています。学校、孤児院、病院、公立図書館などに財政的援助を行ってきました。ロスチャイルド家の目標は、協調、誠実、産業、です。

 

5月19日・27日・6月2日 The Rapid Rise & Fall of Erika Kirk

Charlie Kirkという人物、暗殺事件で初めて知りましたが、奥様のその後は色々と物議をかもしているようで(-_-;) Charlie Kirk自身やTPUSAについて、もっと知らないとな~

長い記事でした…(;^ω^)

 

www.thelist.com

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●2025年後半、TPUSAのCEO、エリカ・カークはおなじみの名前になりました。しかし彼女は名声を得たものの、極右活動家の夫、チャーリー・カークの公の場での暗殺の後、悲劇的な状況になりました。2012年にチャーリーはTPUSAを設立しました。この組織は、自由を促進すると主張し、保守的な政治姿勢を、様々なメディアを通じて広めていきました。彼自身は大学中退者ですが、チャーリーは大学や高校を廻り、若者にとって重要だと考える事柄を伝えてきました。彼と学生達との討論は録画され、SNSでよく配信されました。TPUSAは数年の間に大きなメデイァ企業となり、2016年と2024年にトランプが大統領に当選するのを援助したとして功績があると考えられています。

 

●エリカ・カークは、夫が2025年に亡くなるまで、彼のメッセージを支持してきました。彼の死後、彼女は夫の組織の指導者に格上げされます。初めのうち保守層は、喪に服する間彼女の元に集結しました。しかし、右派評論家達が2026年初頭にはすでに彼女に敵意を示し始める中、エリカ・カークを歓迎する機運は一気に醒めていきました。彼女の保守層の間での支持が一気に高まり、そして下がっていく様は見ものです。

 

(結婚前、エリカ・カークは様々な仕事をしていました)

●チャーリー・カークとの結婚前、エリカ・カークは波乱万丈の人生を歩んでいました。彼女は2012年にアリゾナ州立大学を卒業しましたが、彼女の勉学はまだ続きました。彼女は、ヴァージニア州のリバティ大学で、法学とキリスト教指導に於ける教育の教義で修士号を取りました。学部学生の頃、彼女はいくつかの美人コンテストに参加し、2012年にミスアリゾナになりました。

 

●エリカ・カークの生活は、その頃の何年かの間に完全に変わり、職業も変わりました。大学を出た後、テレビ番組に出るなど、彼女はあらゆることを少しずつ試しました。その頃、彼女は自分のポッドキャスト番組を始め、聖書に基づいた指導者を中心に配信しました。また、PROCLAIMという服飾会社を立ち上げ、大人や赤ちゃん向けに、キリスト教をテーマとした街着を販売しました。さらに、不動産販売のライセンスを旧姓で取得し、ニューヨークシティーの会社に雇用されているとも伝えられています。

 

(チャーリー・カークとの関係が彼女の人生を変えました)

●エリカ・カークの人生は、ポッドキャスターであるチャーリー・カークとの出会いで決定的に変わりました。彼女がポストしたインスタによると、二人は2018年に出会いました。ニューヨークシティーのバーガーショップでお互いを知り合い、そこで哲学や進学、政治なっどを語り合い、その後チャーリーがデートを申し込みました。チャーリーは幼い娘に、エリカとの付き合いがどのように始まったかを伝えています。最初は採用面接だったこと、そしてエリカが美人で賢くエレガント、そしてキリストのようだったので、採用面接はどうでもいいので、彼女とデートがしたい、と言ったこと、などです。

 

●あわただしい婚約の後、二人は2021年にアリゾナで結婚しました。結婚後、彼女は自分のキャリア追及を延期し、自分の学位を脇に置いて、家で専業主婦になりました。2022年、最初の子供が生まれ、2024年に二人目が生まれました。チャーリーが自分のメディア会社の経営や学生達との討論であちこちの学校を回る間、彼女が子育ての主な担い手でした。

 

(チャーリー・カークの死は保守界隈に衝撃を与えました)

●2025年9月10日、チャーリー・カークはユタバレー大学のTPUSAのイベントに参加していました。そこでの学生達との討論の際、彼は射殺されました。31歳でした。彼の暗殺の直後、ありとあらゆる噂や混乱、誤情報が飛び交いました。初めのうち、彼の妻と二人の幼い子供たちが会場にいて、銃撃を目撃したとの誤情報が出ましたが、その後エリカ・カークは子供たちとともにホテルにいたと発表しました。

 

●チャーリーの死は保守界隈に衝撃を与えました。悲しみと喪失感に加え、彼の不在はTPUSAのMAGA運動内の若者層の間に指導者のいないっ喪失感を残しました。その役1週間後の9月18日、TPUSAの役員会はエリカを夫の後を継ぐCEOとして選出しました。エリカはその役を引き受け、チャーリーが始めた仕事を引き継ぐことを誓いました。

 

●「息をするたびに、痛みを感じるたびに、日常の静かな行動をするたびに、そのリズムがどのようなものなのかを学びなおしながら、チャーリーを思います。」と彼の死後1か月に、彼女はインスタグラムに書きました。「この30日間で分かったのは、苦しみが大きければ大きいほど、愛が純粋だということです。そして、今ほど彼を愛したことはありません。」

 

(夫の死後、エリカ・カークへの公的な注目は高まりました)

●TPUSA のCEOになった後、エリカ・カークは2025年9月21日に、チャーリー・カークの追悼式を行いました。トランプ大統領、ヴァンス副大統領、その他の保守の大物たちも参加しました。その大きなスタジアムのステージで、エリカは夫をたたえ、彼のことや、これからの運動について話しました。涙と花火の中、エリカは参加者たちに、「世界中から今日ここにチャーリーをたたえるために集まった皆さんを祝福します。」と言いました。

 

●多くのMAGA支持者達は、喪に服するエリカもとに結束しました。若い保守支持の女性は、「彼女以外にTPUSAを引き継ぐ人はいません。彼女は私たちにとって母のような存在です。チャーリーは父のような存在でした。彼女は私たちにとっての母のような存在なのです。」と語りました。2025年末まで、エリカはスタジアム行脚を行い、多くの右派メディアに登場し、夫のポッドキャスト「チャーリー・カークショー」を復活させました。2025年12月には、極右広報者のラッパー、ニッキ・ミナージとイベントのステージに現れ、聴衆を驚かせました。

 

(エリカ・カークは、TPUSAのリーダーとして際どい行動をとらざるをえませんでした)

●チャーリー・カークの死の前、エリカは今ほど知られていませんでしたが、TPUSAの中ではよく知られた常連でした。エリカはチャーリーと共に多くのポッドキャストに登場し、両者は、男が家庭のリーダーで一家の大黒柱であり、女は家にいて子供を育てることの重要性を説いていました。しかし、TPUSAのリーダーとなってから、彼女はもはや家庭にいる母親ではなくなりました。その代わりに、彼女は巨大な組織のリーダーになったのです。

 

●エリカ・カークには我慢ならないというTPUSA支持者もおり、彼女が、夫と共に何年も支持してきた、MAGAが認める「伝統的な主婦」生活を捨てたと信じています。しかし、エリカはまったくそのようには考えていません。2025年のインタビューでエリカは、TPUSAの代表になることは、亡くなった夫に対する義務を果たすことだと言っています。「家庭にいる母であることは幸せなことでした。この仕事を始めることは、肩書の問題ではありません。まだ存在して、息をしている夫の姿なのです。」

 

●2026年3月、エリカはXを通してあるイベントで、この感情を繰り返しました。「人々が、”この人がこの仕事を引き継いだのか”と言うとき、私は神が私に与えたものを敬い、私の夫の要望を敬います。そして今、私は子供たちを一人で養っていかなくてはなりません。」

 

(エリカ・カークとTPUSAの方向性について囁かれること)

●エリカ・カークがTPUSAの代表者になってからまもなく、ネット上で、彼女が会社の方向性を変えようとしているという噂がたちました。エリカの指導のもと、2026年のスーパーボウルで、TPUSAはキッド・ロックを主役にしたハーフタイムショーで大失敗をしました。エリカ自身はとぎれとぎれの配信には登場しませんでしたが、ショーは亡くなった夫の追悼のためでもありました。彼らの代替ショーは、バッド・バニーを迎えたスーパーボウルのハーフタイムショーほどの視聴を得られませんでした。

 

●エリカが代表に就任した後、多くの従業員が辞職したり首になったりしました。根拠不明の噂によると、「エリカ問題」があるとのことでした。長く務めた従業員がXに、チャーリー・カークの死の扱われ方や会社がどこに向かうのかについて問題があるとするビデオをポストしました。その従業員は、「私は解雇されました。TPUSAで働く機会を得たことに感謝をしていますが、自分が目撃したことを無視することは出来ません。特に、従業員たちの扱われ方や会社の方向性についてです。」と言いました。

 

●意見を表明するのは、この従業員だけではありません。TPUSAのジョージア大学支部長だった人物はインスタグラムに辞意を表明した際、「チャーリーの死後のこの組織の本当の方向性を私は直に目撃し、そのメッセージと現在の動向に重大な懸念を抱いています。」と言いました。

 

(エリカ・カークの異常に派手なステージ上の様子をコメディアンが物まねし、広まっています)

●夫の死後、エリカの公的な姿が色々ととりざたされています。プロレス中継のような花火をたくさん使ったステージへの登場や、物議をかもす服装の選択や、好まない質問をされたときのしぐさなど。彼女が物まねの対象になるのも時間がかかりませんでした。物まねの中には正当な理由のあるものもありました。ある女装家は、「エリカ・クゥワーク」という名前でエリカ・カークをちゃかし、ACLU(全米自由人権協会)のための資金を集めました。

 

●コメディアンのドラスキによる「保守的な女性達」の物真似は、TPUSAの極右支持者達にとっては、いささか行き過ぎた路線のようでした。2026年の3月にTikTokにポストされたビデオでは、ドラスキがブロンドの長髪と青い目の白人女性に扮しています。ある場面では、彼は花火の隣りで踊っています。またある場面では、まばたきせずカメラを見つめながらキリスト教について語っています。また、彼が扮するキャラクターが死の報告に心を痛めたことを話していると、ポップミュージックに合わせて車の中ではずむように踊っている場面に切り替わります。

 

●ビデオの中でカークの名前は出てきませんが、ネット民が連想するのに時間はかかりません。トランプは、カークにドラスキを訴えるように言ったとも伝えられています。

 

(エリカ・カークの流出したと言われるビデオが批判と疑問を集めています)

●2026年1月下旬、チャーリー・カークの友人で右派インフルエンサーが、直接エリカ・カークを攻撃するビデオを作り、配信しました。ビデオでは、裏付けが取れていない、流出した音声クリップが特集され、TPUSAのオンライン会議でエリカがスタッフに、経営の状態について話しているところであるとのことです。その中で、エリカは明らかに、チャーリー・カークの死後の会社の成功について、彼の死後ほんの数日にもかかわらず話しています。

 

●エリカは、追悼式典の出席者数とグッズがどれほど売れたかについて喜び、興奮しているように思えます。明らかに微笑み、笑っているエリカの画像がネット上に出回りました。彼女の声の調子はあまりにも楽しそうで、不誠実、状況を考えれば不適切だという人もいるなど、このビデオは多くのネット民の気に障りました。

 

●他方、エリカを擁護する人もいます。ある保守的なコメンテーターは、「実際に彼女を見て声を聴けば、まったく軽薄ではない。彼女は職員たちを安心させようとしているのだ。慰めを与えているのだ。彼女の本当の強さを表している。」と言いました。

 

(エリカ・カークとバンスの関係に関するうわさ)

●TPUSAの新しい指導者になった後、エリカは高名な政治家達の支持を得ます。バンス副大統領はエリカと共にTPUSAのイベントのメイン出演者となります。ステージ上の彼らの行動は支持者や反対者の両方の注目を浴びました。2025年11月のイベントで、エリカは副大統領を亡くなった夫に例えて紹介しました。バンス副大統領が登壇すると、二人は居心地が悪くなるほど長い間抱き合い、副大統領の手はエリカの腰にありました。その瞬間がネットで拡散されました。

 

 

●ハグ場面が世界に広まった後、エリカは生番組で、二人のステージ上の行動には深い意味があるという指摘を笑って否定しました。「ハグを嫌う人こそハグを必要としているのです。ハグならいつでもタダでしてあげますよ。いうなれば、私の愛の言葉は触れることです。」

 

●しかし、この噂はとどまることなく、まもなく副大統領と妻のアシャの関係についての噂まで囁かれるようになりました。副大統領夫妻のボディランゲージとそれが二人の関係について何を意味するのか、の噂はいままでもあり、ネット民の中には、公的な場でも、副大統領は自分の妻よりもエリカとのほうが親しそうだと言う者もあります。彼女が副大統領とは親しい友人であり、彼が次の大統領になるべきだと思うと言った時、この噂を沈めようとするエリカの試みは、かえって状況を悪化させました。

 

(エリカ・カークが自分のイベントを欠席した時、人々は眉をひそめました)

●代表者であり、TPUSAの事実上の顔であるエリカは、その大規模なイベントの定番となりました。それはさらなるプレッシャーであり、支持者の彼女への期待はどんどん高まっていきました。従って、エリカがバンス副大統領とのイベントに欠席した時、多くの注目を浴びました。

 

●2026年4月、エリカはジョージアで自分が中心となるイベントに出席予定でしたが、イベントに先立って脅迫があったということで、直前で出席を止めました。消息筋によると、「その脅迫は彼女と、イベントの行き帰りに対する脅迫で、彼女の警護班が彼女の命を守ることができないと判断したため。」とのことです。暗殺された人物の未亡人なので、エリカの周りがとりわけ注意深くなるのは理解できます。

 

●そうは言っても、ヴァンス副大統領はそれでもそのイベントに出席しました。ヴァンスには政府やシークレットサービスの警護部隊がおり、彼らは脅威は無いと判断し、副大統領はいつものように仕事を行うことができました。実は、イベントの少ない参加者数がエリカが出席を取りやめた理由であるとの憶測もあります。ヴァンス副大統領のこのイベントへの出席は、8000人を収容できるスタジアムの大部分が空席だったので、もはや彼の名前では聴衆を集められないことを示しており、彼にとってのもう一つの恥であると考える人もいます。

 

(保守層の中にはエリカへの疑惑を持ち続ける人もいます)

●エリカ・カークには確かに支持者もいますが、疑問を持つ保守層も多くいます。2026年4月のイベントに欠席した際、彼女の出席は、保守的な活動への彼女の献身よりもむしろ、聴衆の人数や得られる金額に基づいているのではないかと勘ぐる批評家も出てきました。ふさわしくないとして、彼女に代表の座を降りるよう要求する人もいます。さらに、エリカ・カークに対するフォックスニュースの視聴者の評判が悪化したという明らかな兆候もあります。

 

●エリカを批判する人物の一人は、たまたまチャーリー・カークの近しい友人でもあります。極右インフルエンサーのキャンディス・オーウェンスは、保守層の間でエリカに反対する活動を始め、「チャーリーの嫁」という極めて辛辣なシリーズものを始めました。オーウェンスは、チャーリーの死をめぐる詳細について疑問を呈し、エリカが彼の代わりを務めるのにはふさわしくないと感じていることを表しました。2025年12月のCBSのインタビューで、エリカはオーウェンスに対して短い応答をしました。「やめなさい。それ以上言わないように。やめなさい。」

 

●この何年間、オーウェンスは保守的な界隈で地位を上げるために自分のプラットフォームを使ってきました。しかし、2025年、彼女はトランプへの支持を止め、MAGAから距離を置くようになりました。エリカには批判をする保守層もいますが、彼女は2026年の一般教書演説で現大統領にもたたえられ、高名な保守主流派の人物からも祝われました。エリカ・カークとキャンディス・オーウェンスの諍いは、極右界隈に起きている不調和と断絶を強調しています。